山下大明さん/写真家
「ほんとうの大人」を探して
霧になる一歩手前、新芽の甘さと枯葉と土が混じった湿った森の香りが鼻腔いっぱいに広がる苔の写真や、濁る間もなく増水して流れ下る白い谷の写真など、屋久島の森を独自の視点で撮影し続けてきた写真家の山下大明(ひろあき)さん。
山下さんと屋久島との付き合いは、10代の頃にまでさかのぼる。
鹿児島県の北西に位置する東郷町(現薩摩川内市)で育った山下さんは、学生時代、不本意な理由で停学処分となり、親族の勧めで屋久島へひとり旅に出た。大人への不信感でいっぱいの青年だった山下さんの目に、屋久杉の森は「ほんとうの大人」を見せてくれた。
湿度の高い屋久島の森では、「倒木更新」や「切り株更新」といって、倒木や切り株を土壌代わりに若い木が育つことが珍しくない。古い木は生きながらに様々な植物を着生させ、1本の木が小さな森の様相を呈する。屋久島の森の中に身を置くことで、傷ついた心は、少しずつ癒えていった。
進学で東京暮らしが始まってからも、屋久島通いは続いた。いつからかその手には、カメラが握られるようになったが、「カメラはあくまでも森の魅力を伝えるための道具。絵が描ければ筆を握っていたかもしれない」と話す。
飄々と語る山下さんだが、若い頃は、都会で肉体労働してはお金を貯め、屋久島に渡っては、わずかな食料を持って山にこもり、げっそり痩せて下りてくるというハードな撮影旅行を繰り返していた。
1992年に小学館から、初の単独写真集『樹よ。』(2012年に野草社から復刊)を出版したことを機に、屋久島に移住。その後は、『水の果実』(NTT出版)、『月の森』(野草社)、写文集『森の中の小さなテント』(野草社)、『水が流れている』(文・山尾三省、野草社)、写真絵本『水は。』(福音館書店)、『時間の森』(そうえん社)などを手がけ、屋久島の森の魅力を写真と文章で発信し続けている。
目下のテーマは、屋久島の「低地照葉樹林」。「高地の屋久杉の森では地上に現れていた豊かな世界が、低地の照葉樹の森では地下で展開されている」と、地面にはいつくばり、時にはルーペを持ち出さないと見えない小さな植物の営みに魅了された。「1時間に1mも移動しない」というほど、照葉樹林の地面は変化に富み、飽きることを知らない。
中でも山下さんを魅了するのが、光合成せずに菌類から栄養を得て生活する「菌従属栄養植物」。撮影しては調べての繰り返しで、2006年には新種「ヤクノヒナホシ」、2016年には「タブガワムヨウラン」、その他にも多くの日本新産地の植物や、変種を発見している。
世界自然遺産に指定されている地域は、屋久島全土の20%程度、その中にほとんど含まれていない低地照葉樹林は、絶滅危惧種を多く抱えるものの、今も開発の危機にさらされている。
「屋久島照葉樹林ネットワーク」に所属して、希少植物の調査や照葉樹林の保全なども行なっている山下さん、「屋久島の川辺は、古い照葉樹林が残る植物の宝庫。これらのエリアまで、世界自然遺産や国立公園の特別保護地区を拡大させ、次世代にこの森を残すのが目標」と語る。
背景を知らなくても十分に美しい山下さんの写真ではあるが、それぞれの写真の裏側には、山下さんの「驚き」と「感動」が込められた生命の神秘の世界が豊かに拡がっている。
屋久島照葉樹林ネットワーク
https://yakushimahozen.hatenadiary.jp/