松本淳子さん/劇団「屋久座」主宰 

“この島で生きて、死んでいくことを誇りに思いたい”

劇団屋久座第2回公演 「ミンナノウタ」!

松本淳子さん/劇団「屋久座」主宰 

「私は、この島で生きて、死んでいくことを、誇りに思いたい。だから私はやります!」

太陽のような笑顔でそう語るのは、『劇団屋久座』主宰の松本淳子さん。”屋久島人による屋久島の物語”をコンセプトに、島内で活動している。団員は、屋久島在住か屋久島出身者、そのほとんどが芝居未経験者だという。 ご多聞にもれず松本さんも、演劇の世界は未経験。しかし、それを全く感じさせないクオリティの高い舞台に、感動の声が上がっている。

「経験者未経験者に関係なく、人は何かを掴む瞬間があります。最初はたどたどしくても、芝居を通してその人が向き合うべき課題が見えたとき、思いもよらない力を発揮することがあるんです」

屋久座は、昨年、江戸時代に安房集落の人々のために尽力した儒学者『泊如竹』の物語「如竹散人乱拍子」を上演。第1回の旗揚げ公演にもかかわらず、2日間全3回公演で観客動員数約900人を記録し話題となった。第2回である今年は、かつて屋久杉伐採の前線基地だった小杉谷集落を舞台にした『ミンナノウタ』を、7月5日に宮之浦 離島開発センターにて公演予定。現在追い込み稽古の真っ只中だ。

松本淳子さん/劇団「屋久座」主宰 

劇団主宰として全体を見渡しながら、戯曲脚本と演出も手掛けている松本さん。旗揚げ前から”屋久島の物語を描く”と決めていたが、ただの偉人伝や民話の焼き回しのようなものにはしたくなかったという。芝居のテーマを探しながら、次第に「屋久島の”文化”って何だろう?」と考えるようになり、松本さんはひとつの答えに辿りついた。

「これは私の見解ですが、この島は昔から、”舟ひとつあれば、どこにでも行ける、どこの土地とでも繋がって行ける”という文化だったのではないでしょうか。つまり、流れついたものや入ってきたものを受け入れる”受容性”という精神文化こそが、屋久島の文化じゃないかと感じます」

松本さんは宮城県の出身。自然に魅せられ移住する人が後を経たない屋久島だが、松本さんの話すとおり、そんな”新しいものを受け入れる”という性質も、この島の文化や風土を作ってきた一つなのかもしれない。

舞台を通して、みんなが輝く場所へ

そんな松本さん。戯曲の世界に足を踏み入れたのは、体調を崩したことがきっかけだった。入院中、溢れ出てくる言葉を原稿用紙にしたため、コンテストに応募したところ、2002年南日本新聞社お茶の間エッセイ 「祖母の箸箱」で、最優秀賞を受賞。また、翌年2003年にも「仁王立ちになり祖父は怒鳴った」で最優秀賞受賞。その賞金を手に、日本劇作家協会主催インターネット戯曲講座を受講し、受講期間内に作品「家守」が最優秀賞を、「白い家」が優秀賞を受賞した。その他の発表作品に「如竹散人乱拍子」「楠の揺籃」「梯子の上の反逆者」などがある。

「私は、舞台の上と客席とがエネルギー交換ができる”ライブ”が好きなんです。舞台は誰のものか?それは、演じる人と観客そして舞台を支える人、全ての人のものです」

「いい場をもらいましたね。それをやるにあたり、”わたくし”を入れてはいけません」
これはかつて、屋久島の尊敬する先輩方からいただいた言葉だという。

「 舞台を通して関わった人達が、自分の殻を破りその人本来の場所に戻って行くのを見ると、時々私は何か大きな存在に動かされているような気持ちになることがあります。”わたくしを入れない”とは、その大きな存在からのエネルギーを遮らず、ただの筒になったように、愛を持って、その”場”を作ることなのかもしれません」

7月5日、劇団屋久座 第2回公演『ミンナノウタ』、上演まであとわずか。屋久島に、また一つ文化の花が咲いた。

(取材: Written by 散歩亭 緒方麗)

劇団「屋久座」

住所 鹿児島県熊毛郡屋久島町宮之浦
URL https://www.facebook.com/GekidanTheYakuza/

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