古居智子さん/作家
屋久島が繋ぐ運命的な出逢いに導かれて本が生まれる
屋久島の森の中に、静かに佇む木造りのスタジオ。玄関を開けると、作家の古居智子さんが迎えてくれた。
「屋久島との出逢いが、全てを繋げてくれたんです」
古居さんは、26年前、アメリカから家族で移住した。それまではボストンに拠点を置き、ジャーナリストとして世界中を飛び回っていた。そんなある日、ふらっと立ち寄った本屋で、たまたま手に取った写真集に載っていた日本の小さな離島”屋久島”を目にし、心惹かれたという。そのとき古居さんのお腹には、御主人の建築家ウィリアム・ブラワー氏との間に、小さな命を授かっていた。
「私達夫婦は、子育てをするための場所を探していました。一時帰国した際に訪れた屋久島で、大自然に抱かれた島の生活に触れ、ここで子供を育てようと決めたんです」
移住後は、島の南にある小島集落の恋泊という場所に住み、作家として次々と著書を出版。島の大自然の中で長男の彬くんを育てながら執筆活動を続けてきた。
「屋久島は、飽きないところです。家で仕事をしていると、窓から差し込む光線や風の動き、さまざまな虫や鳥たちの訪問と、自然の表情に1日たりとも同じ日はありません。この島の大自然の中で子育てができたことは、何よりかけがえのないことですね」
まるで何かに引き寄せられるかのように、26年前の屋久島との出逢いが、次々と古居さんを新たな作品の題材へと繋げていった。
「屋久島 恋泊日記」(1998年)は、外国人の御主人や幼い息子さんとの屋久島暮らしの日々を綴り、
「密行 最後の伴天連 シドッティ」(2010年/2013年)では、屋久島に上陸したイタリア人宣教師“シドッティ”の数奇な運命を描いた。
この他、縄文杉登山道途中に現れる大きな切り株ウィルソン株の名前の由来になっているイギリス人、植物学者アーネスト・H・ウィルソンの足跡を辿った「ウィルソンの屋久島 100年の記憶の旅路」(2013年)、
自然と共に生きたかつての島人の日常を描いた「屋久島 島・ひと・昔語り」(2007年/2013年)や、「はじまりのかたち−屋久島民具もの語り−」(2013年)など、屋久島の歴史や文化を紐解くような作品などもある。
屋久島が引き合わせたもの。植物学者の姿を追いかける旅
現在は、”植物学者ウィルソン”の研究者としても活動しており、ウィルソンが大正3-6年に日本を訪れた際に撮影した自然の写真を多くの人々に届けようと、屋久島だけでなく鹿児島や沖縄の県立博物館、東京の国立科学博物館などで写真展を開催した。
「ウィルソンの写真は、どれも構図が美しく、アートを感じさせるものばかり。そして同時に、とても貴重な”記録”でもあり、またメッセージ性も含んでいます。沖縄では戦前の風景を撮った写真と対面し、泣き崩れるお年寄りもいました」
そして最近、古居さんを夢中にさせる人物がまた1人登場したという。
「園原咲也という名のウィルソンの沖縄探検にガイドとして同行した植物学者です。彼は長野県出身で沖縄に移住し、森に入ったら2.3週間出てこないような規格外な人。奇想天外なエピソードもたくさん残されています。しかし、戦争中に沖縄の人たちを助けたことや、欲の無い素朴な人柄が愛されて、死後40年近く経っても、沖縄のヤンバルでは”園原タンメー(タンメーは”お爺さん”という意味)”と呼ばれ、慕われ、人々の記憶の中で生きています。実は彼は、沖縄に辿り着く前、明治末期に屋久島の森を何度か訪れ『月光が老杉の間から漏れ、静かな風が梢を鳴らし、猿の声が遠く聞こえる静寂の境地。自己と宇宙が合体し、時間を超越した境地に入った』と、故郷への書簡で屋久島の太古の森を讃えていました。ウィルソンだけでなく、園原咲也も屋久島に関係していたとは驚きました」
屋久島の人の営みが面白い。目には見えない糸で織り上げられていく時間
「屋久島は、豊かな自然に人々の視線が多く注がれています。しかしその中に人の日々の営みがあり、足跡がある。それがすごく面白い。私の仕事は、コツコツ調べたものを文章に書くという、地道な作業の積み重ねですが、追いかけていくと必ずそこには語られるべき物語があり、その延長線上に思いがけない発見や感動が待っています。一見バラバラに見えるものでも、それぞれが縦糸となり、横糸となって、屋久島という1枚の布に織り上げられていく。そんな時、この島に生かされているんだと感じます」
ジャーナリストとしての好奇心と、作家・研究者としての探究心、そして母親としての母性が、屋久島を起点に紡がれ、古居さんを突き動かしているのだろう。そんな古居さんの書き綴る言葉は、いつも深くて温かい。
(取材:Written by 散歩亭 緒方麗)
- name:古居智子
- 住所:鹿児島県熊毛郡屋久島町小島
- URL:http://www.t-furui.jp/
- 備考:koidomari@muj.biglobe.ne.jp