加地英史・菜穂さん/珈琲はまゆ・ガイド
移住歴20年の夫婦が営む湯泊温泉となりのカフェ
「珈琲やろうかな」
屋久島の南西、湯泊集落には海岸から湧き立つ温泉がある。県道沿い「湯泊温泉」の看板を海手側に下り、大きなガジュマルの木や長閑な民家脇の細い道を抜け、鬱蒼とした緑に囲まれた小川を渡ると、湯泊温泉に到着した。
加地英史さんと奥さんの菜穂さんは、湯泊温泉の入り口に建つ店舗で”珈琲はまゆ”を営んでいる。玄関を開けると、淹れたての香ばしい珈琲の香りが広がる。
加地さん夫妻は、関東から20年前に移住した。大学時代から田舎で暮らしたいと考えていた2人が、たまたま目にしたガイドブックの片隅に屋久島が載っていて、「こんな島あるんだ」と興味を持ったのがきっかけだったという。移住後は、住み込みで行った畑の手伝いなどを経て、英史さんは自然ガイドの会社へと就職した。
夫婦のぶつかり合い。でも今の方が楽しい。
“珈琲はまゆ”の建物は、湯泊区が管理しているもの。集落の役員をしている英史さんが、空き物件になっていた現店舗で、ずっとやりたかった珈琲屋を営むことに決めたという。
すると菜穂さんがこう言った。
「実は私、最初は反対したんです」
“珈琲はまゆ”のメニューは、数種類のスイーツとドリンク。壁にかけられた黒板を眺めているだけで、つい笑顔になってしまうほどの美味しそうなメニューの数々。そんなスイーツ全般を担当している菜穂さんの言葉に驚いた。
「あのときは、主人の”やってみたい”という気持ちと、私の”関わりたくない”という気持ちがぶつかり合っていました。私には生活への不安もあったんです」
しかし、菜穂さんは次第に考えが変わっていった。
「それまでの私は、人生で何か思い通りに行かないことがあったとき、いつも力づくでなんとかしてきました。でもしばらくいろいろ考えて、”先のことばかり考えて動けなくなるより、たまには流れに身を任せてみよう”と思えたんです。そして主人に”やっぱり私もやる”と伝えました」
そうして”珈琲はまゆ”は、英史さんが自然ガイドの仕事を続けながらの週2日間(金・土)のみ開店することになった。かつて平内集落にあった幻のカフェ「あけびや」の珈琲を飲んだことがきっかけで珈琲の世界に興味を持ち、どんどんのめり込んでいったという英史さん。一方、これまでお菓子の本を眺めて「これ作ってみたい」という気持ちはあったものの、なかなかそれを表現する場が無かったという菜穂さん。2人は「オープンする前に比べ、今の方が楽しい」と笑う。
まるでアボリジニのような島の人たち
英史さんは、島に来てから、趣味でオーストラリアの先住民アボリジニの伝統楽器ディジュリドゥ(現地ではイダキという)を演奏している。実際にオーストラリアに渡り、アボリジニの長老に連れられ、シロアリが喰って幹が空洞になったユーカリの木を探しに行き、自分だけのディジュリドゥを作ったこともある。同時にアボリジニの思想にも影響を受けているという。
「言葉にするのは難しいのですが、アボリジニの『今を生きる』という感覚が、僕はとても好きなんです。ディジュリドゥをアボリジニのように吹きたいと考えた僕に、”海や空や星などの自然をよく見て吹けば、それがおまえのイダキになる。大切なのは自分のスピリットであり、イダキを吹くことだ。だからおまえの好きに吹いていいんだ”という長老の言葉を、今でも思い出します」(英史さん)
屋久島に帰り、浜辺や樹の下に座り、自然に身を任せて暮らすお爺ちゃんやお婆ちゃんを見ていると「アボリジニみたいだな」と感じるという。
そして菜穂さんは、同じ湯泊集落に住む地元のおばあちゃん”マツコばい(ばい=婆さん)”の話を聞くのが大好きだという。
「竹の子の採り方や、あく巻きの作り方を教わったり、うちの五右衛門風呂が壊れときなど今はもう亡くなってしまったマツコばいの旦那さんが修理してくれたり。私はマツコばいを通して、島の暮らしの豊かさを感じさせてもらっているんです」
“珈琲はまゆ”には、島ののんびりした時間が流れている。菜穂さんの美味しいケーキを食べながら、英史さんがネルドリップで丁寧に淹れた珈琲を味わう。”今を生きる”加地さん夫妻がつくる、素敵な空間だ。
(取材:Written by 散歩亭 緒方麗)
- name 珈琲はまゆ
- 住所 鹿児島県熊毛郡屋久島町湯泊温泉隣り
- Instagram @coffee_hamayu 珈琲はまゆ