山下正行さん/はにい窯(埴生窯)
安房川上流の森の中、静かに佇む窯元
安房川上流の松峯大橋近く、埴生(はにい)窯の山下正行さんを訪ねると、薪割りの最中だった。
「陶芸は、“準備”が仕事ですよ」
そう語る山下さんは、37年前に島に移住し、安房集落松峯の森の中に窯を開いた。ここ松峯は昔から開拓者によって切り開かれた土地が多い。埴生窯も、山肌をくり抜いたような場所にあり、“窖窯”と呼ばれる薪窯が奥の森に向かって横たわっている。
若い頃から“ものづくり”が好きだったという山下さんの作品は、釉薬を使わず、焼けた作品に薪の灰が溶けて色づいた自然釉と言われる素朴な風合いが特徴的だ。土は、市販の土と種子島、屋久島の土を混合して使用している。山下さんの焼き物は、日常食器がほとんどだが、最近は動物の作品も多く様々なものからヒントをもらっているという。
「人や空気、水や緑、島で暮らしながら感じる全てのものが、僕の作品に入り込んでいます」
焼き物は、土、水、木、火という原始的なもので作られる。そこに天候や自然条件が合わさるため、作品の出来は偶然性が高い。
「同じものはひとつもありません。だからこそ、もっといいものができるんじゃないかと、今でも試行錯誤しています」
今はもう廃校になってしまった、島の西側にある集落、栗生中学校の廃材で建てられた工房には、屋久島の過酷な自然を映したような、奥深い味わいの作品が並ぶ。子供たちと長い年月過ごしてきた学び舎の用木は、土色の作品たちを優しく包み込んでいる。
実はかつて、埴生窯は”阿多良窯”という名前だった。しかし、生後9ヶ月で亡くなった娘さん”埴生(はにい)ちゃん”の生きた証を、窯の名前につけたという。
「家の近くを散歩しながら、ただ息をする。自然の中に身を置くだけで、娘を亡くした哀しみが、少しずつ和らいでいくのを感じました」
“自然”という、命溢れる存在を感じ、山下さんはまた土を捏ね始めた。
山下さんの作品を手に取ると、ずしっとした重みを感じる。それは、この土地を拓き、土を捏ね、薪を焚べて作り上げた、37年分の重みかもしれない。
はにい窯(埴生窯)
- 住所:鹿児島県熊毛郡屋久島町2294-45
- TEL:0997-46-2179