上田美和さん / 屋久島高校演劇部 顧問

小さな島の高校演劇部が九州大会で最優秀賞を受賞!

「屋久島の生徒たちには、魅力があるんです」
笑顔でそう語るのは、島で唯一の県立高校、屋久島高校の演劇部顧問、上田美和先生。廃部寸前だった演劇部を、九州代表にまで導いた。3年前に国語教諭として屋久島に赴任。これまで20年間、演劇部の指導に当たってきた。

上田美和さん / 屋久島高校演劇部 顧問

「県内でも衰退の一途を辿りつつある高校演劇ですが、離島の小さな高校に演劇部が残っていることが、とても嬉しかったです。赴任してみたら3年生は引退で、2年生が1人。部員集めに奔走しました」

他の高校の演劇を観ることもできず、指導者にも恵まれにくい離島の演劇部は、ほとんどが我流で練習を行うしかない。上田先生は赴任前、大会に出てくる離島の演劇部の未熟な公演を見ては「離島は可哀想だな。いつかもし離島に行ったら、本土に負けないぐらいの舞台を作ってあげたい」と思っていたという。

上田先生は自ら脚本を書き、演出も手がける。「生徒を大会に連れていきたい。そこで上位を狙うには、”手垢のついていない、屋久島高校でしか出来ない創作脚本を書くしかない”と思いました。離島の高校が本土の高校生を演じても、リアリティがないからです。だから、彼らの住むこの屋久島を舞台に、脚本を書きました」
1年目は県大会2位、2年目は九州大会3位になり、島内でも少しずつ演劇部の活躍が知られ始めた。3年目の題材を探していたところ、かつて屋久島の自然を守るために立ち上がった若者たちがいたことを知った。

「この作品は、昭和53年に、屋久島の自然破壊を食い止めようと、700万かけて記録映画を作り、全国上映に向けて奔走した人々の実話を下敷きにした創作劇です。しかも、その映画のバックミュージックは”カントリー・ロード”で有名なアメリカのカントリー歌手、ジョン・デンバー氏の曲。当時の屋久島の若者が直接本人へ手紙を書き、楽曲の無料での使用を許可してもらったというのです。当時無名の鹿児島県の小さな島と、アメリカの大物歌手の取り合わせが何ともミスマッチでした。そのお話を聞いたとき、これはテーマになると思いました。タイトルは、『ジョン・デンバーへの手紙』これしかありませんでした」
しかし、いくらいい脚本ができても、演技が伴わないと、上位には行けない。
「ひたすら練習を重ねました。発声から始めた生徒たちは、どんどん上達していきました」

上田美和さん / 屋久島高校演劇部 顧問

上田美和さん / 屋久島高校演劇部 顧問

上田先生は、そのひたむきな島の子供たちの姿に、日々驚かされると語る。
「演劇部員はもちろんですが、屋久島高校の生徒たちに触れるうちに、他の高校生とどこか違うと感じるようになりました。嘘を嫌い、おごり高ぶらず、虚飾をしない。どこに出しても落ち着いていて、佇まいそのものに品格があるんです。これは多分、屋久島の大自然のありのままの姿が、子供達のお手本になっているからではないかと感じました」

上田美和さん / 屋久島高校演劇部 顧問

昨年12月、『ジョン・デンバーへの手紙』は、九州大会で最優秀賞を受賞。
全国の高校演劇部2100校あるうち、わずか12校しか掴めない全国大会への出場権を手にした。全国大会は、今年7月に、佐賀県鳥栖市で行われる。全国に向けて、まだまだ課題も多い。
実は上田先生は、かつて『トシドンの放課後』という創作脚本を書いて九州大会に出場し、作品が評価され、高校演劇の世界で一躍有名になったことがある。しかしその後、その作品を超える作品を生み出すことが出来ないまま、全国大会にも行くことはできず、長い時が過ぎた。
「自分では、1作だけでも世に出ただけでいいと、満足していたつもりでした。しかし、九州大会の結果発表で『最優秀賞、屋久島高校』と呼ばれたとき、涙が止まりませんでした。その時初めて、自分がこんなにも全国大会に行きたかったことを知ったんです。諦めかけた夢を、屋久島の生徒たちが叶えてくれました」

上田美和さん / 屋久島高校演劇部 顧問

上田美和さん / 屋久島高校演劇部 顧問

屋久島高校の校舎からは、背後には雄々しく屹立する山々、前方にはキラキラ光る海が広がる。悠久の自然と謳われる自然豊かな洋上アルプス。そんな場所で過去のドラマが生まれ、そして今回、そのドラマを描いて躍進した、屋久島高校演劇部の小さなドラマもまた生まれた。芸術は1人だけの力では生み出せないと上田先生は語る。この島の持つ大きな自然の力と、生徒と。それぞれが感応し合い、はじめて形になるものだと。その奇跡を経て、今年の夏、離島の小さな高校で生まれた作品が、全国の大舞台を踏む。

屋久島高校

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