岩川康子さん/民宿水明荘

水と森の美しさに包まれる。 巨匠も愛した老舗民宿

川底の砂が透けて見えるほど透明な安房川と、その水鏡に移る深緑の森は、水明荘の部屋の全ての窓から一望できる。

「川の近くに住むと、もう離れられないわ」

そう語るのは、安房集落にある民宿「水明荘」の岩川康子さん。46年続く老舗民宿の女将さんだ。岩川さんは、鹿児島県指宿市から嫁ぎ、御主人の実家を引き継いだ。

岩川康子さん/民宿水明荘

水明荘は、その名の通り、安房川の水の美しさをひとり占めできるような民宿だ。”里町”という昔ながらの家々が立ち並ぶ集落の一番奥にあり、まさに安房の奥座敷といったレトロな風情を醸し出している。それもそのはず、水明荘の建物は戦後すぐに建てられた70年以上前のもの。玄関を開けてすぐにある広間は、今では貴重な材木となった”屋久杉”のみで作られており、当時の古き良き屋久島へとタイムスリップしたようだ。

岩川康子さん/民宿水明荘

「昔の屋久島は、純粋に山登りに来たお客さんばかりでしたね。それも団体さんが多かったんですよ」

当時、新嫁(にいよめ)として民宿を手伝っていた岩川さんは、3人の息子さんの子育てをしながら、掃除、洗濯、料理など業務のほとんどをこなした。忙しい時期など、朝5時から夜12時ぐらいまで働いたという。

「今でもお料理は必ず私が作ります。団体さんが多いときなどは、早朝2時ぐらいから支度して登山弁当を作っていました。あと、お仕事のお客さんはシーズン関係なくいらっしゃるから、寒い時期は保温弁当を持たせてあげるんです」

お客さんに支えられて

岩川さんは、これまで民宿の仕事にしんどさを感じることはほとんどなかったという。

「きっと客商売が好きなんでしょうね。民宿を受け継いだおかげで子供も育てられたんです。私はただ必死でやってきただけですよ。お客さまに支えてもらって今があるんです。こちらが当たり前だと思っていることに、お客さんがすごく喜んでくれることがあると、毎回”やっていて良かったな”と元気をもらいます」

水明荘は、ジブリの宮崎駿監督が数回訪れた宿でもある。映画”もののけの森”の舞台となった屋久島への視察や、プライベートで来島された際に宿泊していたという。

「プライベートで御来島の際は、観光などは行かず、日がな一日ここにいらっしゃったのを覚えています。屋久杉工芸をやっていた主人と一緒にボールペンを作ったり、小さな舟で安房川の上流に遊びに行ったりして、のんびり過ごしてらっしゃいましたね」

岩川康子さん/民宿水明荘

実は岩川さんは、去年、御主人を亡くされた。屋久島へ嫁ぎ、御主人の実家である水明荘に入り34年の年月が経つが、ずっと御主人がそばに居て見守ってくれている気がするという。目を細めながら亡き御主人とのお話をする岩川さんは、「あと10年ぐらいは、頑張ろうかな」と笑いながら、今日も宿泊客の夕食の準備に取りかかった。

(取材:Written by 散歩亭 緒方麗)

民宿水明荘

  • 鹿児島県熊毛郡屋久島町安房1
  • 0997-46-2078

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